抹茶チョコを世界に広めた日本人ショコラティエ“大石”さんって何者?バレンタインに調査
大石さんをはじめ、若手社員たちは会場内のブースで店頭販売を担当した。ブースを訪れたフランス人たちからは、「日本人もチョコレート食べるのね」など皮肉めいたことを言われ、衝撃を受けたことも。ただ、実際に商品を食べてもらうと大好評だったのだそう。
しかし、この時店頭に並べていたチョコのうち、評判が良くなかったのが抹茶を使ったチョコ。あるお客さんは、口に入れた瞬間、床に吐き捨てられたのだという。フランス人はみんな、抹茶チョコに対しては“食べてはいけないものを食べた”ような態度だったという。この苦い出来事がきっかけとなり、大石さんは世界中の有名ショコラティエが作るチョコレートを研究するようになった。
その後、製品開発室へと異動になった大石さん。これまでは上からの指示通りにチョコを作っていたが、自らチョコの設計図を作る立場へと変わり、今度はチームを率いて“サロン・デュ・ショコラ”の品評会に出品することに。2014年には、和洋折衷の材料を使った4粒のチョコを出品。見事、最高金賞にあたる“ゴールドタブレット”を受賞した。
しかし翌年、同じく和洋折衷の4粒の新作を出品したものの、結果は銀賞相当の“シルバータブレット”。「がく然としましたね」と語るほど大石さんは大きくショックを受け、翌年に出品するのが怖くなってしまったという。
そんな時、大石さんに再びやる気を出すきっかけを与えたのが、一息つくためにたまたま飲んでいたお茶。以前吐き捨てられた抹茶チョコのことを思い出し、「抹茶のチョコレートを世界に認めさせたい!」と決意。チーム大石は再始動することに。
翌年の作品作りに向けミーティングを重ねていると、チームメンバーが読んでいた“ゴールドタブレット”受賞経験のあるショコラティエの本からチョコにもストーリーがあることを発見。
世界的なショコラティエであるピエール マルコリーニにインタビューしたところ、「チョコレートを作るときにどんな物語を作るのか」を大切にしていると語っていた。
そんな時、妻の勧めで気分転換にと静岡県の美術館を訪れた大石さんは、近くの公園で、“野点(のだて)”と呼ばれる野外茶会が行われているのを目にした。その瞬間、大石さんに強烈なインスピレーションが下りてきたという。
そのきっかけになったのは、お茶を飲む前に食べていたみたらし団子。大石さんは「お茶菓子を食べるところから、お茶を飲む、そのストーリー性がなにか使えないかな」と考えたのだ。
この発想から作り出した新作『抹茶みたらし』は、抹茶とホワイトチョコレートを合わせた層と、みたらしとミルクチョコレートを合わせた層の二層構造だ。まずみたらしの味わいが来て、その後に抹茶に変わっていく、その移り変わりで抹茶チョコのストーリー性を描き出した。さらに、抹茶のうまみを引き出すために日本酒も加えることに。これもお酒好きだった学生時代の経験が活きたものと言えよう。
この『抹茶みたらし』を含めた4粒を“サロン・デュ・ショコラ”に出品した大石さん。結果は見事“ゴールドタブレット”を奪還。さらに最高賞である“アワード”も受賞するという最高の結果となった。
この年を含め、それから3年連続で“ゴールドタブレット”を受賞した大石さん。その素晴らしい功績から、2019年の『世界の優秀なショコラティエ100』選出に至ったのだ。











