生誕100年!バレエになった三島由紀夫・・・魂を舞台に――東京バレエ団が再び挑むベジャール振付『M』

2025年9月20日(土)から23日(火・祝)まで、東京文化会館(上野)にて東京バレエ団がモーリス・ベジャール振付『M』を上演する。三島由紀夫の生誕100年を記念して、5年ぶりに再演される注目公演である。

三島文学を舞踊化した衝撃作
『M』は1993年、ベジャールが東京バレエ団のために創作した作品である。タイトルの「M」はMishimaの頭文字であると同時に、海(Mer)、変容(Métamorphose)、死(Mort)、神秘(Mystère)、神話(Mythologie)など、三島の人生を象徴する言葉でもある。『潮騒』『金閣寺』『鏡子の家』『鹿鳴館』『午後の曳航』といった三島の代表作のイメージが舞台上に次々と浮かび上がり、観客を文学と肉体の交錯する世界へ誘う。バレエだけでなく、三島文学のファンも必見の舞台となっている。

物語の構造――分身と象徴が描く三島の世界
物語は波の音、潮騒とともに幕を開ける。舞台には祖母に手を引かれた少年時代の三島が現れ、観客を彼の原風景へと誘う。ここで登場する「イチ」「ニ」「サン」「シ」の四人は三島の分身であり、彼自身が『鏡子の家』で「4人の主人公を通して私自身のさまざまな面を表現した」と記したことに基づいている。なかでも「シ」は「死」を意味し、狂言回しとして随所に姿を見せ、やがて三島を死へと導く存在として描かれる。
さらに舞台には、三島が理想として追い求めた象徴・聖セバスチャンが登場する。エロティックでありながら完全なる純粋性を備えたその姿は、美と力の宗教を体現し、三島文学の“美の規範”を凝縮した存在である。
クライマックスでは、ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》から「愛の死」が鳴り響き、桜吹雪の舞う舞台で少年の三島が切腹する。この旋律は三島自身が映画『憂国』で主人公の死の場面に用いたものであり、文学と舞台を横断して死のイメージを重ね合わせる役割を担っている。
その後、フランスのシャンソン「待ちましょう(ジャタンドレ)」が流れ、戦前の時代を思わせる甘美で感傷的な旋律が舞台を包み込む。この曲はニーチェ的哲学や三島自身の思想における「永劫回帰」の象徴とも解釈され、人生が輪のように繰り返される構造を暗示するものとなっている。
こうして全ての登場人物は潮騒の響きとともに再び海へと還り、物語は冒頭の場面へ回帰する。生と死、憧憬と理想が交錯するその構造こそが、『M』を特別な作品たらしめている。

豪華キャストが紡ぐ“現代の神話”
主要キャストには、柄本弾(イチ)、宮川新大(ニ)、生方隆之介(サン)、池本祥真(シ)、さらに聖セバスチャン役には樋口祐輝と大塚卓が名を連ねる。女役には上野水香や伝田陽美が出演する。加えて、海上の月を金子仁美と長谷川琴音、ヴィオレットを伝田陽美と榊優美枝、オレンジを沖香菜子と三雲友里加、ローズを政本絵美と二瓶加奈子が務め、世代や個性の異なるダンサーたちが三島文学の多層的な世界を多彩に表現する

歴史と現在をつなぐ意義
『M』はこれまでパリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座など世界の名だたる劇場で喝采を浴びてきた。今回の再演は、三島とベジャールという二人の巨匠を改めて再評価する契機ともなるだろう。観客は三島の思想と美学がベジャールの振付を通して現代に蘇る瞬間を目撃することになる。
三島由紀夫が自らの人生を「矛盾にみちた45年」と振り返ったように、『M』はその矛盾と美を余すところなく描き出す。バレエと文学が交錯する舞台芸術の極致を、ぜひ東京文化会館で体感してほしい。

≪公演概要≫
モーリス・ベジャール振付 『M』
●公演日時
2025 年 9 月 20 日(土) 14:00/9 月 21 日(日) 14:00/ 9 月 23 日(火祝) 13:00
会場:東京文化会館 (上野)
ピアノ:菊池 洋子 ※上演時間 約 1 時間 40 分(休憩なし)
※音楽はピアノの生演奏、および特別録音による音源を使用します。