“伝説のダンサー”シルヴィ・ギエムが導くオーストラリア・バレエ団 来日記者会見&公開リハーサル レポート
2025.5.28 17:45
15年ぶりの来日公演を控えたオーストラリア・バレエ団。2025年5月26日、都内にて行われた記者会見と公開リハーサルには、芸術監督デヴィッド・ホールバーグ、ゲスト・コーチとして本作を指導するシルヴィ・ギエム、そして主演の近藤亜香とチェンウ・グオが登壇した。
今回の公演の演目は、ルドルフ・ヌレエフ版の『ドン・キホーテ』。1970年にオーストラリア・バレエ団のために新たに振付けられ、1973年にはヌレエフ自身が主演・監督を務めて映画化された本作は、同団にとって象徴的なレパートリーのひとつである。

敬意ある国で、ヌレエフの精神を踊る
冒頭、ホールバーグ芸術監督は日本の観客に対してこう語った。
「これほどまでにバレエという芸術に対して敬意を持っているのは日本以外にないと思っている。そんな日本で公演ができることを嬉しく思っています」
さらに、「今回はシルヴィに“我々の目”として監修をお願いしました」と述べ、ギエムの参加が単なるゲストではなく、創造の中枢であることを明言した。「スタジオの中で、ダンサーひとりひとりが“自分らしく”いられることを許してくれたコーチ。型にはめず、それぞれの個を認めたうえで指導してくれたのは嬉しかったです」

ヌレエフを知る者として、その知性を舞台に
ギエムは笑いを交えながら登壇した。
「昔ちょっと踊っていました。そして、日本にもよく来ておりまして、今回は7年ぶりとなります。最後に来たのは、昨日のことのように思えますし、第二の故郷のようです」
そして、こう続けた。
「この“クレイジーな方”(隣のホールバーグ芸術監督)から、“私たちと仕事をしたいですか?”と電話をもらいました。まわりくどい言い方よりも、シンプルで単刀直入なその聞き方にが好きなので、ぜひこの仕事を受けたいと思いました」
ヌレエフについて問われると、表情は自然と深みを帯びる。
「彼はとてもインテリで聡明で、舞台に対する愛がありました。ヌレエフ版は、ダンサーが役を演じる余白がある。ヌレエフ自身がユーモアにあふれる人だったので、それが作品にも生きていると思います。ただ踊るだけではなく、ダンサーたちがキャラクターを作り、探り、人間らしさやちょっとした面白さが、上手く出ている作品だと思っています」
ホールバーグ芸術監督も呼応するように語った。
「『ドン・キホーテ』テクニックが重要で、それらを見せるようになっていますが、サーカスのように見えることすらあります。でも、それをまとめあげているのは、ダンサーたちの“人間性”です。ヌレエフと一緒に仕事してきたシルヴィのコーチングによって、その部分がより強く引き出されていると考えています。」

日本初!シルヴィ・ギエムによる公開リハーサル
記者会見に続いて行われた公開リハーサル。31日の夜公演に出演するジル・オオガイとマーカス・モレリが登場した。当日、飛行機で到着したばかりだということで、ゆっくりと本番に向けて調整していくと説明があり、第1幕のキトリのバリエーションなど複数の場面が公開された。

特に印象的だったのは、ギエムが何度も繰り返した「音を感じて」「一音一音を聴いて」という言葉。音楽のテンポに合わせるのではなく、音の質感に身体を合わせていく。ポールドブラ(腕の動かし方)一つを取っても、ゆったりと流れる動きの中で、ふと加速する。その緩急の付け方を、ギエムは自ら動いて見せながら伝えていった。
「すべての動きには意味がある。その意味を見失わないように」。
そう語る彼女の動きは、既に指導者であると同時に、舞台に立つ表現者の説得力を持っていた。

芝居のシーンでは、ギエムが「Dialogue(会話)」をしなさいと指導。「お金はある?」「じゃあ、このピアスを…」「お願い、許して」と、ギエム自身が台詞を言いながらやり取りを演じさせ、踊りの中に会話のテンポとリアリティを吹き込んでいった。ダンサーが単に振付をなぞるのではなく、物語の中で“生きる”ことを求めていた。
そして何より印象的だったのは、ギエムがダンサーに一方的に教えるのではなく、彼らと対話しながら進めていたことだ。ダンサーたちが自分の疑問や提案を口にし、それを踏まえて動きを調整する。そうしたやりとりの中に、ギエムの「伝える」という覚悟と、舞台への深い愛情があふれていた。

「踊ることは、誰かにギフトを渡すこと」
会見では、指導とは何かという問いにも、ギエムは率直に答えた。
「スタジオで何をしてもらいたいか。それは、ダンサーが幸せになってくれること。お客様にギフトを渡すのは、舞台に立つ彼ら。だからこそ、テクニックだけでなく踊ることに“心地よさ”が必要なのです。ダンサーたちが役作りをしたり、稽古をしたりすることは大変です。私は、その大変さを誰よりも知っています」
「その人がどういう人間か、どこまで行けるかを見極めて引き出す。それが私の仕事です。指導によってダンサーが進化するのを見ることは、何にも代えがたい喜びです」

ダンサーたちが語る、“変わる”という体験
主演の近藤亜香は語る。
「最初のリハーサルで、シルヴィさんにソロを見せなければいけない時は緊張で汗だくでした。でも始まってみたら、すごく自然体で、テクニックについては一度も注意されませんでした。キトリというキャラクターをお客さんにどう伝えるのかに重きを置いてくれ、最終的にはダンサーとして自信につながるような指導をしてくれました。」

ギエムを神様のような存在だとして、“シルヴィさま”と会見で呼んでみせたチェンウ・グオもまた、心からの言葉で応えた。
「自分がプリンシパルとしてこの先どう進むべきか悩んでいましたが、彼女は技術的にも精神的にも私たちを高めてくれました。“認められる”ために踊るのではなく、“自分というアーティスト”がやっと完成した感覚です。楽しむことも大事ですし、ダンサーとしても人間としてもレベルが上がったように感じています。“シルヴィさま”と仕事が出来ることは夢のようですし、この夢が終わって欲しくないと思いました。」

芸術監督ホールバーグとシルヴィ・ギエムのプレトーク開催!
5月31日(土)の夜公演の開演前には、芸術監督ホールバーグとシルヴィ・ギエムのプレトークが予定されている。また、ホールバーグ芸術監督は、全公演で、ウェルカムメッセージを伝えるために登場するので見逃せない。

≪公演概要≫
「ドン・キホーテ」プロローグ付き全3幕
5月30日(金) 18:30
キトリ:近藤 亜香
バジル:チェンウ・グオ
5月31日(土) 12:30
キトリ:山田 悠未
バジル:ブレット・シノウェス
5月31日(土) 18:30
キトリ:ジル・オオガイ
バジル:マーカス・モレリ
※デヴィッド・ホールバーグ × シルヴィ・ギエム スペシャルプレトーク開催!
6月1日(日) 12:00
キトリ:近藤 亜香
バジル:チェンウ・グオ
※表記の出演者は5/12現在の予定です。ダンサーの怪我等により変更になる場合がありますのであらかじめご了承ください。
会場:東京文化会館(上野)
上演時間:約2時間50分(休憩2回含む)
指揮:ジョナサン・ロー
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
概要/オーストラリア・バレエ団 2025年日本公演/2025/NBS公演一覧/NBS日本舞台芸術振興会