【独占インタビュー】声優・古川登志夫が収録中、初めてヘッドホンを“両耳”につけたワケとは? 【映画『時給三〇〇円の死神』バリアフリー音声ガイド】
なにわ男子・西畑大吾と福本莉子のW主演でおくるヒューマンドラマ作品、映画『時給三〇〇円の死神』(10/2 公開)では、近年注目される《バリアフリー音声ガイド》を採用。そのナレーターを、アニメ『ドラゴンボール』シリーズのピッコロ役や『ONE PIECE』エース役などで知られる声優・古川登志夫が務める。約50年、業界の最前線に立ち続けるベテランも初挑戦となったその収録現場にentaxが密着! 普段は片耳だけのヘッドホンを初めて両耳につけた、そのワケは──?
※古川自身が選ぶ『印象深い持ち役 TOP3』とは? 声優人生を振りかえるインタビューはこちらから
起用背景に、“声の力”
《バリアフリー音声ガイド》とは、主に視覚的な障がいを持つ人たちへ向けたナレーション。登場人物たちのセリフや、風や波の音といった環境音の合間をうまく活用し、“今どんな映像が流れているのか”をつぶさに教えてくれる。人物の動作や表情、情景、字幕──それらの情報を過不足なく、また本編の音声を邪魔することなく伝えてくれる。2016年4月『障害者差別解消法』の施行を契機に注目され、昨今の映画業界でも浸透してきている。
本作『時給三〇〇円の死神』では、無料アプリ『HELLO! MOVIE』を用いることで、古川の《バリアフリー音声ガイド》が利用可能。古川が起用された背景には【登場人物に女性が多く、“声”の差別化を図った】【主人公の心情に寄り添う作品世界とのバランスを踏まえ、中音域からやや高めの声質を選んだ】などの理由があるそうだが、何よりも近年の古川の活動──視覚障がいのある中高生を対象とした『「声の力」プロジェクト(※)』をはじめ、声を通じて多くの人に“表現”を届けてきた実績が決め手になったという。
※『「声の力」プロジェクト』は、文化庁の「令和4年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として発足。視覚障がい児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指す。青二プロからは古川登志夫に加え、水田わさび、三上枝織が講師として参加し、視覚特別支援学校で特別授業を行った。
古川が感じた、“意義深さ”と“進化の可能性”
古川自身、この《バリアフリー音声ガイド》を務めたのは本作が初めて。収録が始まると、かぶっていたキャップのつばをグイッと後ろへ。時間にして約7時間──時には自らリテイクを望みながら、映画本編用、エンドクレジット用、アプリ用など、様々なシーンの収録に挑んだ。収録後、ナレーションブースから出てきた古川の表情には、疲れよりも大きな達成感が滲み出ていたように感じた──。
──長丁場での収録、お疲れ様でした。
古川:ありがとうございます。7時間くらい? すごいね(笑) 全然意識していなかったのでびっくりです。ただただ一生懸命やっていたので。昔の“日曜バラエティ”のナレーションとかもそのぐらいでした。120枚ぐらい原稿を読んで──あの頃はライターさんがあまりの忙しさに、もう廊下で原稿を書いていて、僕のところに届くコピーが(プリントしたばかりで)温かかったりしましたね(笑)
──収録の様子を拝見させていただきましたが、とてもじっくりと丁寧に作業を進められていた印象を受けました。今回、初めての《バリアフリー音声ガイド》とのことで、まずは収録を終えての率直な感想をお聞かせください。
古川:“難度の高い仕事”だなと思いました。そして何より“意義深い仕事”、そういう感じがしました。多様性の時代と言われる今、“障がい”という言葉の概念は、僕は“個性”という言葉で置き換えればいいと思っています。いろんな個性の人たちに、こういうコンテンツ(バリアフリー音声ガイドなど)で対応できるようになってきている──いい時代になってきたなと思いますね。そういう意味で、意義深い仕事だなと。
僕ら(声優)はいろんな仕事をしているけれども、こういった非常に良質なコンテンツに参加させていただけてうれしいです。仕事の調整をしてくれたマネージャーさんにも「良質な仕事をありがとう」と伝えたいですね。
──古川さんは以前『「声の力」プロジェクト』にも参加されていますね。これも、ご自身にとって“意義深さ”を知る一つのきっかけになったのでしょうか?
古川:そうですね。プロジェクトに参加する前は、ラジオドラマなどと違って、映像を見て声を当てるアニメや海外ドラマは、視覚的な障がいを持っていると難しいだろうなという思いがどこかでしていたんですけれども、現場には「声優になりたい」と強くおっしゃる方も多くいて、本気で“それ”に取り組んでいたんです。
実際に、彼らは台本の点字を触って読んでいくんですが、私たちと同じ速さでセリフをバーっと読んでいくので、びっくりしました。本当にアニメでもなんでもできちゃいそうな感じで──。海外ではセリフだけ、音声だけを先に録って、後からアニメを描いたりするのですが、日本もそういうスタイルになってきたら、視覚的な障がいを持つ人でも声をあてることができる。大変だから無理──ということでは全然ないんですよね。
『「声の力」プロジェクト』に参加させていただいてからはそんなことにも気づけましたし、そういった多様な人たちに対するコンテンツをたくさん作れる、可能性を探るというのは、ほんとに意義深い仕事だなと。僕自身も、自分の名刺なんかは“点字の名刺”を作るようになりました。
──今回の《バリアフリー音声ガイド》も、詳細な情報を伝えるだけでなく、“映像として注目すべき点”を教えてくれているようなナレーションもあり、単なる視覚障がい者向けのコンテンツではとどまらない“可能性”を感じました。
古川:僕もそう思います。きっと、障がいを持たない人たちが見ても面白いし、声優の仕事の幅がこういう風に広がっていくのも面白いんじゃないかと思うんですよね。「実は声優にこういう仕事(バリアフリー音声ガイドなど)があるんだ」「こういう表現をするんだ」というようなことで、 “声優ファン”の人たちにも見てほしい。いろんな意味で進化し続けるのは間違いないと思いますね。
幽(かそ)けき演技に寄り添う
──先ほど《バリアフリー音声ガイド》は“難度が高い”とお話しされていましたが、実際どんなところに難しさを感じたのでしょうか。
古川:もともと、すでに作品としてとして出来上がっている映画があって、その中ではセリフも音楽もみんな聞こえてくるわけですから、僕ら(バリアフリー音声ガイド)は副音声的に情景描写を淡々としゃべっていく──本編の中のセリフを邪魔することはあってはならないんだろうなと、そう思っていたんです。(本編中のセリフに感情がこもっている分)あまり感情を込めて大きい声でやるものではない。むしろ控えめに控えめに、と。
ですが、この作品を拝見したらもう映画自体が“そういう作り”なんですよね。本編中のセリフ自体が声を張らないんです。僕らの業界では、“引き算の演技”なんてことをよく言うんですが、“足し算の演技”が「自分の出番が来たから頑張るぞ」と大きめに芝居する一方、“引き算の演技”はいらないものをどんどん削っていって、最低限必要なものをボソッとしゃべるだけで、ガーン!と効く。だからその分、ナレーションのコントロールが難しかったんです。
──収録中、しきりにヘッドホンを両手で押さえていたように見えたのも、そのコントロールと関係が?
古川:実は今回、初めてと言いますか──通常は、歌うときなんかでもヘッドホンの片一方をビシッとはめて、もう片方は外すんですね。そうすると自分の声が(ヘッドホンを外した方からは)生で聞こえるし、相手役の声も生で聞こえてくる。両耳が“音の帰り”だけになると、非常に不安になるんです。
なので今回もそれでやったほうがいいなと思ったんですが、“幽けき演技”というんでしょうか──静かな波の音や、かすかな声でしゃべる演者さんたちの声、それらがきちんと聞き取れないといけないと思って、まあ一生懸命に両耳につけてやっていました(笑) ヘッドホンを両耳につけたのは、この仕事が初めてです!
──本編中の幽けき演技を聞き分けながら、どうナレーションすべきか探ったというわけですね。
古川:感情をどれだけ抜くのか、演者さんたちのセリフをどれだけ邪魔しないか──それでいて、まったく感情を入れないなら“AI音声”でもいいってことになってしまう。でもそこが、ディレクターがナレーターよりも声優を選んだ理由なのではないかと思うんです。収録中も、「もっとやってください」と要求された部分がありました。わざわざ苦労して私たちを呼んでいただいて、これだけ時間をかけて──そういうことを考えるとね、なにか意味があるだろうなと。
特に“エンディング”は難しかったですね。“エンディングの高まり”に合わせてしゃべっていくと、だんだんわざとらしくなってくるんです。なるべくそこを“引き算”でいきながら、でもやらなきゃならない。これはもう、ラジオドラマよりも難しい。普通のアニメや海外ドラマで吹き替える方が、ずっと肩の力を抜けますよ(笑)
──約50年の声優キャリアを持つ古川さんでも難度の高さを感じた《バリアフリー音声ガイド》。もしも「次もお願いします」と声がかかったら、どうされますか?
古川:もちろんやらせていただきます! 難しいけど、難度が高ければ高いほど面白いし、またやりたくなるのが“僕たち”の癖(くせ)なんです(笑)

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【古川登志夫 Profile】
栃木県栃木市出身。7月16日生まれ。青二プロダクション所属。『第十八回 声優アワード(2023年度)』功労賞受賞。『東京アニメアワードフェスティバル2024』アニメ功労部門功労賞受賞。主な出演作に、『うる星やつら』諸星あたる、『ドラゴンボール(シリーズ)』ピッコロ、『ONE PIECE(ワンピース)』ポートガス・D・エース、『名探偵コナン』山村刑事、『悪魔くん』メフィスト2世、『ゲゲゲの鬼太郎(第6期)』ねずみ男、『からくりサーカス』フェイスレス、『PLUTO』お茶の水博士、『北斗の拳』シンなど。
<公式サイト>
<公式X(@TOSHIO_FURUKAWA)>

映画『時給三〇〇円の死神』
2026年10月2日(金)全国公開
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/ギャガ
<あらすじ>
不幸が重なり人生に絶望していた大学生・佐倉真司(演:西畑大吾)は、同級生の花森雪希(演:福本莉子)から奇妙なアルバイトに誘われる。それは、時給はわずか300円。人生の延長時間(ロスタイム)を与えられた死者たちの心残りに寄り添い、あの世へと導く“死神”の仕事だった──。
<公式サイト>
<公式X(@jikyu_300movie )>
※古川さんの音声ガイドは無料アプリ『HELLO! MOVIE(読み:ハロームービー)』で利用できます。
取材・文・写真:entax