村重杏奈 苦悩の時代に父を頼るも「明日始発で帰りなさい」と突き返され…そして “楽屋番長”が誕生するまでの奮闘を語る

2026.3.16 09:00

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村重杏奈の写真

タレントの村重杏奈(27)が3月14日放送の『Google Pixel presents ANOTHER SKY(アナザースカイ)』に出演。夢を持って飛び込んだアイドル時代の拠点、福岡・博多を訪問し、当時抱えていた葛藤を明かした。

HKT48の1期生として、13歳のときにデビューを果たした村重。センターではなかったものの、満席の劇場でファンのコールを聞いて、「アイドルになったんだ」という確かな実感を得た。そして「ここからセンターになろう」と、やる気と期待に満ちあふれていた。

しかし強気な思いとは裏腹に、徐々に現実を突きつけられた。村重は「後輩が増えていって、その勢いにどんどん負けていった気がする」と話す。

後輩たちの成長だけでなく、ファンとの交流も課題だった。「弱みを見せられない性格なので、ファンの方からしたら“何考えてるか分かんない”みたいな…」と当時の自分を語る。自分の理想のアイドル像とファンの求めるアイドル像、その埋められないギャップに苦悩した。

アイドル人生で最も追い込まれた出来事とは、4枚目のシングルで選抜から落ちたことだった。当時シングル選抜が全てだった村重は、夜に泣きながら父に電話したという。

アイドルになって4年目、アイドルを辞める覚悟で山口へと帰省した。しかしそんな村重を、父は「杏奈がHKT48として誰かに惜しまれる人、卒業を惜しまれる人にならないと、卒業は認めない。明日始発で帰りなさい」と叱咤(しった)激励し、博多に突き返した。

それでも、気持ちはすぐには切り替わらず、「結局1年ぐらい答えが見つからず、その後もダラダラ過ごしてましたね」。そんな村重を救ったのは、フランクに話せる友人たちの存在だった。「本当に適当にあしらわれて、適当な会話をして、そういう適当な扱いがすっごいうれしかった」。フランクな友人たちは、村重の仕事への向き合い方にも率直な意見を寄せた。友人たちから指摘されたことを自身の中で考えるうちに、「ちょっとでも自分を変えたい」と前を向くようになった。

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