村重杏奈 苦悩の時代に父を頼るも「明日始発で帰りなさい」と突き返され…そして “楽屋番長”が誕生するまでの奮闘を語る

2026.3.16 09:00

この記事をシェア

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

再スタートした村重は、それまで苦手意識のあった後輩メンバーにも積極的に話しかけ、そこで得たエピソードをステージで話すようになった。「ちょっとずるい考えだなって(思うけれど)」と前置きしながら、「人気メンバーの裏話とか、ちょっとした意外な行動とか話してみたときに、すごいウケがよくて“これだ”って思いましたね」と回顧した。

村重杏奈の写真

自身の強みを見つけた村重は、いつしかファンやメンバーから “楽屋番長”と呼ばれるようになる。「曲を歌うときの立ち位置は大体3列目の端っこなんですけど、MCってなると前に来れる」と、トーク力を武器にグループ内での居場所を作り出した。

楽屋番長として活躍するようになり約5年が経った頃、卒業のときは訪れた。村重は卒業を決めたときのことを「10年頑張ったし、なによりも必要とされる存在になった自信もあった」と話す。父に「そろそろ卒業しようと思ってる」と伝えたところ、「いいと思うよ」と認めてくれた。父の言葉を聞いた村重は達成感を得て、卒業した。

村重杏奈の写真

現在、バラエティー番組に引っ張りだこの村重は、最近父に「なんであのとき止めたんだ」と尋ねた。父は「途中で数字が下がったときに、その中で試行錯誤して、もう1回自分を立て直す人間になってほしかったから反対した」と話した。父の厳しいエールと、自身の試行錯誤の末につかんだブレイク。博多での挫折と奮闘が、今の村重の確かな原動力となった。

【TVer】最新話を無料配信中!
【Hulu】最新~過去話配信中!

写真提供:(C)日テレ
文:entax編集部

1 2

クオカードプレゼントキャンペーン2024