東京文化会館“休館前最後”を飾る『かぐや姫』 東京バレエ団が世界へ放つ新たな物語
東京バレエ団による金森穣振付『かぐや姫』全3幕が、5月5日、6日に東京文化会館で上演される。本公演は、同館の休館前最後の公演として行われる特別な舞台だ。長年にわたり東京バレエ団のホームグラウンドとして数々の名舞台を刻んできた東京文化会館。その節目を飾る演目として選ばれたのが、日本最古の物語『竹取物語』をもとにしたオリジナル全幕バレエ『かぐや姫』である。
『かぐや姫』は、東京バレエ団が2023年10月に全幕世界初演した作品。モーリス・ベジャール振付『ザ・カブキ』『M』に続く、同団にとって重要なオリジナル全幕作品として生み出された。音楽にはクロード・ドビュッシーを用い、光り輝く竹から現れたかぐや姫が、村で道児と出会い、やがて宮廷へと連れていかれる物語を軸に、欲望、孤独、光と影、人間の内面に潜む二面性を、壮大かつ詩情豊かな舞台美術と身体表現で描き出す。

公演に先立ち行われた公開リハーサル後の囲み取材では、金森氏と東京バレエ団の斎藤友佳理団長が、再演にかける思いを語った。金森氏は、初演時には「この世に存在しない作品」を限られた時間の中で生み出すため、最後までエネルギーを注いだと振り返った。そのうえで、初演後に見えてきた課題やアイデアを今回の再演に向けて蓄積してきたといい、「さらによくブラッシュアップできている」と手応えを語った。振付や音楽性、演出の細部に至るまで磨き上げられた今回の『かぐや姫』は、初演を観た観客にとっても新たな発見のある舞台となりそうだ。

斎藤団長は、本作を東京バレエ団の未来を担うレパートリーとして位置づける。『ザ・カブキ』『M』に続く東京バレエ団の顔として、『かぐや姫』が世界に残り続けてほしいと期待を寄せた。ドビュッシーの音楽による全幕バレエとして、日本の物語を世界に届ける本作は、すでに海外展開も決まっている。東京バレエ団は今年イタリアへ、2027年には、フランスへ向かい、パリ・オペラ座ガルニエ宮でも『かぐや姫』を上演予定だ。イタリア公演初日には、同団の海外公演通算800回を迎えることも発表されている。

斎藤団長はさらに、日本人振付家の作品が世界の大劇場で上演されていく未来にも言及した。かつてジョン・クランコ振付『オネーギン』が世界中のバレエ団とダンサーたちにとって憧れの作品となったように、『かぐや姫』もまた、東京バレエ団から発信され、やがて海外のバレエ団が上演を望む作品になってほしいという。「日本人のダンサーたちが世界中の劇場で活躍しているように、日本人の振付家も世界に羽ばたいていってほしい」。その言葉には、単なる海外公演にとどまらず、日本発のバレエ作品を世界のレパートリーへ育てたいという大きな願いが込められていた。

一方で、今回の公演にはもうひとつ大きな意味がある。東京文化会館の休館前最後の公演であるということだ。東京バレエ団にとって同館は、長年にわたり数多くの公演を重ねてきた“ホームグラウンド”。その舞台に刻まれてきた歴史は、バレエ団の歩みそのものともいえる。斎藤団長は「あの劇場に歴史もすべて刻まれてきたという、とても感慨深いものがある」と思いをにじませた。
同時に、東京文化会館の休館は、日本の舞台芸術界が直面する劇場不足の問題も浮かび上がらせる。現在、各地で劇場の改修工事が相次ぎ、バレエやオペラのように大規模な装置を必要とする公演を実施できる劇場は限られている。斎藤団長は「劇場がなかったら活動する場がない」と語り、舞台回数が減ることは、ダンサーたちの出演機会や補償にも直結すると指摘した。華やかな舞台の裏側には、芸術を継続していくための現実的な課題が横たわっている。

今回の上演は〈上野の森バレエホリデイ〉の一環として行われる。親子やファミリーで舞台芸術に触れられる機会として親しまれてきた同企画において、『かぐや姫』は題材としてもふさわしい作品だ。誰もが知る物語でありながら、金森氏の手によって、単なる昔話ではなく、現代に響く人間ドラマとして立ち上がる。物語の親しみやすさと、舞台芸術としての深い抽象性が共存する点も、本作の大きな魅力である。

写真:Shoko Matsuhashi
キャストには、かぐや姫役に秋山瑛、足立真里亜、道児役に大塚卓、柄本弾、影姫役に沖香菜子、金子仁美、帝役に池本祥真、生方隆之介ら、東京バレエ団を代表するダンサーたちが名を連ねる。とりわけ大塚卓は、これまで帝を踊ってきた経験を持ちながら、今回は道児役に挑む。金森氏は、帝と道児を「光と影」「一人の人物の二面性」のようにも捉えられると語り、同じダンサーが異なる役を踊ることによって、作品の奥行きがさらに増す可能性を示した。
東京文化会館の休館前最後の公演であり、同時にヨーロッパへ向かう前の重要な国内上演でもある『かぐや姫』。金森氏は「ここから海外に飛び立って、『かぐや姫』が凱旋でまた上野の東京文化会館でできる日が来ることを夢見る」と語った。休館前のフィナーレでありながら、これは終わりではない。月へ帰ったかぐや姫が再び舞い降り、やがて世界へ旅立つように、東京バレエ団の『かぐや姫』もまた、新たな物語を始めようとしている。

≪公演概要≫
東京バレエ団「かぐや姫」 全3幕
2026年 5月5日(火・祝)13:00/18:30
5月6日(水・振)14:00

