上野水香、ベジャール『ボレロ』への思い 「エネルギーの交差が生まれる特別な空間」
東京バレエ団ゲストプリンシパルとして第一線で踊り続ける上野水香。2023年にスタートした自身の冠公演『上野水香オン・ステージ』は大きな反響を呼び、2024年の紫綬褒章受章記念公演を経て今回で3回目を迎える。長年憧れ続けたモーリス・ベジャール振付『ボレロ』への思い、17年ぶりに共演するフリーデマン・フォーゲルとの舞台、そして長く踊り続ける理由。舞台芸術の魅力や観客との“つながり”について、上野が自身の言葉で語った。

Q:冠公演となる『上野水香オン・ステージ』ですが、3回目となる今の気持ちは?
上野:
『上野水香オン・ステージ』というタイトルで初めて公演をさせていただいたのが2023年。その時はプリンシパルとしての最後に冠公演ができたらいいなということから実現しました。Aプロ、Bプロと色々な演目をやりながら必ず最後に『ボレロ』を踊りました。2回目の時は、ゲストプリンシパルとなった2024年、紫綬褒章をいただき、受賞記念として再演を望む声が多かった『上野水香オン・ステージ』を再び上演される機会に恵まれました。2024年もおかげさまで好評をいただき、今年3回目の実現に至りました。
冠公演として繰り返し、しかも東京だけでなく日本各地に伺う「ツアー」として公演させていただいているのは本当に恵まれていると感じます。お客様が舞台を喜び、また観たいとおっしゃってくださることに感謝しかありません。公演を支持してくださる全ての皆様に心から御礼を申し上げたいです。

Q:ベジャール振付『ボレロ』は自身にとってどんな作品でしょうか。
上野:
ラヴェルの誰もが知る音楽に合わせて、モーリス・ベジャールさんというフランス人の偉大な振付家が振り付けた作品です。バレエダンサーの誰もが憧れる、やってみたいと思う作品で、友人の海外のダンサーがいつも「ボレロやってみたいんだけどどうすればいいかな」と私に相談してくるんです。それくらい東京バレエ団がレパートリーにもっていることは世界でも広く知られていますし、憧れている作品なんですよね。
私も本当に憧れた一人で、思いが強すぎてシルヴィ・ギエムさんやパトリック・デュポンさんが踊っている映像を見て覚えて、家で真似して踊っていたくらい大好きで。その当時の自分には私にしか出来ない何かがあると直感的に感じていた部分があったんですね。
東京バレエ団に入団後すぐにこの役をいただいたときは、夢がかなってとてもうれしかったのですが、いざ踊ってみるとなかなか“自分にしかできない何か”が見つからない。
そこからどうしたら良いのか、色々研究し、試行錯誤を重ねたのですがなかなか納得いく答えにたどりつきませんでした。でも5、6年前に“もしかしたら何かつかんだかも”と思える舞台がありました。お客様がものすごく喜んでくださったんです。

Q:その“お客様によろこんでもらえた”瞬間とは?
上野:
ただ無心に音楽と空間、作品に身を委ね、考えるのではなく“感じる”感覚で踊ったところ、それまでになかったくらい客席が沸きました。あの作品はエネルギーを絞り出すので、踊り終わった後は魂が抜けたみたいになっちゃうんですね。全部差し出しちゃうんです。でもお客様がエネルギーを戻してくれるんです。喜んでくれて、そのエネルギーの交差みたいな特別な空間が生まれるのがあの『ボレロ』なんですよ。だからそれを感じられた時に私も含めてみんなハッピーなんじゃないかなってことを初めて思えたんです。
役柄もないし衣裳(いしょう)もシンプルだし、それだけにその人そのものが出てしまう。だからこそ難しい、だからこそ感動的なんだと感じます。
Q:フリーデマン・フォーゲルと17年ぶりの共演ですね
上野:
長い間一緒に踊っていなかったけれども、今回シュツットガルトへ出向いてリハーサルを重ねるうちに、良いコンビネーションをお見せできるような予感を感じました。ほぼ年代が同じで、長い事プリンシパルをやり続けてきた同志なんです。45歳を超えて仲間たちが辞めていく中で今なお踊っていて、まだカンパニーの中で第一線で活動させていただいているレアなパターン。お互いのリスペクトがより高まって、今だからこそ見せられる表現をやりたいよねというリハーサルができました。大人の踊りをできればと思っています。

Q:長く踊り続けるために大切にしていることは?
上野:
元気じゃないと踊れないし、どこか痛いと踊れないので、体調を崩したりしないように自分の身体と向き合ってコンディションを整えること。その積み重ねでしかないです。舞台がないとダンサーはモチベーションを保てませんから、舞台があってそれに向かって自分を磨いて整えていく。つまりバレエ団に所属していられることもすごく大切だと思います。その舞台でお客様と通じ合い、よろこんでもらえるその瞬間のため、日々地道に努力をするのです。
Q:今後の目標は?
上野:
今私が歩んでいる道は、誰一人歩んでこなかった道だと思っています。バレエ団の定年である45歳になりましたが、まだ踊れるし、お客様も求めてくださっているという中で、バレエ団がゲストプリンシパルという場所をつくってくださいました。こういうダンサーもいるんだという可能性が後輩たちの指標になればうれしいですし、ひとつのロールモデルをつくっていけたらと思っています。
私は「誰かの何かになりたい」という気持ちがあって、お客様から「人生変わった」「生きようと思った」「希望が持てた」などと言っていただけるのがすごくうれしいんです。
ただ、それが結果としてどういう形になるのかは今の自分にも分からなくて。誰も歩んでいない道を、暗い中で出口も先も見えないまま歩いているような感覚もあります。でも感謝しながら一歩一歩、歩んで、身体を整えて。役というのはいただくものですから、いつ役をいただいてもきちんと対応して、お客様に喜んでいただける自分でいられるようにする。それが今、自分にできることだと思っています。
それを重ねていった先にどうなるのかはまだ分からない。とても厳しいけれど、今の一瞬を逃さず、大切に生きていくだけです。

Q:自身が考えるバレエの魅力とは?
上野:
『ボレロ』はバレエを知らない方でも必ず喜んでいただける名作です。17分間退屈はさせません。舞台芸術は現実にはないものを舞台という小さな箱の中で皆さんにお見せするものです。ある意味現実逃避で夢の中をのぞくような、現実離れできるひと時を過ごせると思います。
Q:今回の舞台の見どころは?
上野:
舞台でお客様に感動してもらえるときって「今つながったな」って思える瞬間があるんです。ただ前を向いているだけやポーズをとっているだけの時もある。ほんの一瞬が永遠に感じられることある。それが芸術の醍醐味(だいごみ)、一期一会と言えます。今回の『上野水香オン・ステージ』は、演目が色々あり、私のたくさんの面を感じていただけますし、ゲストのフォーゲル、そして東京バレエ団の仲間たちもすばらしい踊りをみせてくれるでしょう。『ボレロ』は特に空間を共有することがどれだけすごい事なのかっていうことを言葉抜きに全身で感じてもらえる舞台になっています。なので“経験”や“体験”と言える舞台になるはず。ぜひ、五感で空間を感じていただけたら幸いです。

写真:Kiyonori Hasegawa / The Tokyo Ballet / Hidemi Seto / Shoko Matsuhashi
ジュエリー:[ネックレス・リング]シンティランテ(イセタンサローネ 東京ミッドタウン)
ドレス:マックスマーラ
取材・文:和田弘江
◆公演概要◆
〈上野水香オン・ステージ〉
【東京公演】
2026年
3月20日(金祝) 17:00
3月21日(土) 14:00
3月22日(日) 14:00
会場:東京文化会館(上野)
※フリーデマン・フォーゲルは東京公演(3/20[金祝]〜3/22[日])のみ出演
【福岡公演】
2026年 3月25日(水) 18:30
会場:福岡市民ホール 大ホール
【大阪公演】
2026年 3月26日(木) 18:30
会場:フェスティバルホール
上演作品については、公式HPより確認してください。
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