岸谷蘭丸「勉強だけが唯一自分の人生の中でフェアだった」芸能一家に生まれたコンプレックスの中で、教育事業に取り組む理由
6月3日放送の『人生が変わる1分間の深イイ話』復活2時間SPに、起業家の岸谷蘭丸さん(24)が出演。イタリアの名門大学に在学しながら、起業家兼Z世代の論客として報道や情報番組に引っ張りだこの蘭丸さんに密着した。
「自分が“名門一家出身だぜ”とは思っていない」と語る蘭丸さんだが、芸能界で超有名な両親の元で育った。そんな蘭丸さんは、自身も華やかな経歴を持っている。
蘭丸さんは中学受験をして早稲田実業中等部に入学後、高校時代にアメリカに単身留学。高校1年生で3年分飛び級した後、アメリカのトップ進学校に編入して卒業した。現在は、“ヨーロッパのハーバード”とも称されるイタリアの名門・ボッコーニ大学に在学しながら、教育事業のベンチャー企業の社長を務めている。
そんな蘭丸さんは現在、Z世代の論客として報道や情報番組に引っ張りだこ。「親が芸能をやっているおかげでテレビに出してもらってるおしゃべりな人です」と謙遜するが、そのコメントは番組プロデューサーのお墨付きだ。さらには、令和世代ながら礼儀や思いやりを重んじる“昭和の人付き合い”が得意な蘭丸さんは、大人世代からも愛される存在。しかし、彼の人生は決して平坦なものではなく、実直に生きるようになったのには幼少期のつらい経験が関係していた。
2001年、岸谷家待望の第一子として生まれた蘭丸さん。しかし3歳の時、突如体が動かなくなったことで病院へ。1年後に判明した病名は若年性特発性関節炎(小児リウマチ ※当時)だった。小児リウマチは、関節が慢性的に炎症を起こし、体を動かすことが困難になる国指定の小児難病だ。常に体調が悪く、車椅子で生活していた時期もあった。また、当時は特効薬がなく、大量のステロイドを服用した副作用で、顔がムーンフェイスになってしまい、2年間で身長もほとんど伸びなかった。
当時4歳の蘭丸さんにとって、一番つらかったことは両親に会えないことだった。毎日14~15時に親がお弁当を持ってきてくれるのを、朝から窓に張り付いて心待ちにしていたという。「親の方がかわいそう。子どもを閉じ込められて」と蘭丸さん。
つらい闘病生活は5年続いた。しかし、平日は学校に通い週末に入院をするという生活を続けていた小学2年生のとき、奇跡が起きた。新薬のトシリズマブ(アクテムラ)が開発され、これが蘭丸さんの体に適合した。症状は劇的に良くなり、3年後には寛解の診断を受けた。蘭丸さんは、自由に体を動かすことも両親に会えることも当たり前ではないとわかっているからこそ、日々を全力で生きているのだ。
そんな蘭丸さんが今、人生を賭けて取り組んでいるのが、高校から海外に留学した経験を活かした海外トップ大学受験の専門サービスだ。2年前に会社を起業し、教えた生徒は1000人以上に上る。蘭丸さんは「自分が勉強に救われたように、きっと救われる人がいるんじゃないか」と期待を込めた。
しかし、偉大な親の存在は、ずっと蘭丸さんにとってコンプレックスだった。「23歳になって調べると、23歳の時、親は東京ドーム公演やってるんですよね。『Diamond』出してるんですよ。日本一になってる」と話し、常に親と比較してしまっていたことを明かした。親とは違う道を進みたいという思いから、蘭丸さんは猛勉強をしてイタリアの名門大学に合格。「勉強だけが唯一自分の人生の中でフェアだったかな」と振り返る。
一方で、本名で事業をやっていると、ネットでは「親の七光りを使うな」「売名息子」「岸谷家は芸能では成功したが子育ては失敗」といった誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を受けることもあるという。これに対して、蘭丸さんは「僕自身への批判はわかる」「親への攻撃は卑怯(ひきょう)だぞ、許せない」と憤りを隠せない様子だった。これを見たスタジオのヒロミは「親の七光りとか言われるのも分かって、弱い部分も全て出してて、スゴイなって」と感心する。
「親がスターだったから、自分もその姿に憧れるというか。前例のないことをやるとか、常識から外れたことをやるのがスターだと思う」と話し、両親とは別の道でスターを目指す蘭丸さん。自身の闘病経験をもとに、長期入院に苦しむ子ども支援する財団を設立するなど、つらく暗かった過去は今では星として輝き始めている。
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