平成ノブシコブシ・吉村崇 後悔してもしきれない、母親代わりだった祖母との最期の会話 決意を固めた日を思い出す
平成ノブシコブシの吉村崇(45)が5月30日放送の『Google Pixel presents ANOTHER SKY(アナザースカイ)』に出演。故郷・北海道を訪問し、長い下積み時代と、忘れられない祖母との会話を思い出した。
高校卒業後、大学には進まず東京のNSC吉本総合芸能学院に入学した吉村。上京して間もない頃について、「どんよりしてたんですよね。何もうまくいかないし不安で」と振り返返る。
「“絶対人気者になるんだ、テレビにいっぱい出るんだ”って、もちろん思いを持ってきたけど、出鼻はくじかれたな」と、自分が数多くいる売れない芸人の1人でしかないことを痛感。NSCの卒業講演では舞台に上がることすらできず、舞台の袖から脚光を浴びる同期を眺めた。
「悔しいけど、あの時に150~200人ぐらいのお客さんの前でやれって言ってもできなかったと思います、ビビっちゃって。なんかどこかで、“よかった”ってホッとしてる自分もいるんですよ。それもムカつくんですよね」と、悔しさをにじませた。

厳しい競争の世界。売れる芸人と売れない芸人の差は残酷なほどはっきり見える。養成所を去る者も多かったが、吉村は辞めるわけにはいかなかったという。
「ばあさんが、自分が(北海道を)出てすぐ、5月かな。死んじゃうんですよ」と、その理由を話し始める。父子家庭で育った吉村にとって祖母は母親代わりだったため、上京してすぐに亡くなった衝撃は大きかった。
上京直前の、祖母との最期の会話を思い返し「ばあさんは(芸人になることを)止めてましたし、公務員になれって言った人ですから。それで俺も、思ってもいない言葉を言ってね。“ばあさんが嫌いだから東京行くんだよ”って」と、訂正しようにもできない、後悔を口にした。
吉村は、「調子こいてたし、バカだから僕はね」と言葉を続ける。祖母に心配ばかりかけ、心にもない言葉で別れてしまったからこそ、何の成果もなく戻るわけにはいかなかった。小樽で芸人としての一歩を踏み出せた時でさえも、“まだ有名ではないから”と、地元には帰らなかったという。
そうして今、長い下積みを終えて、テレビで見ない日はない売れっ子芸人になった。吉村は祖母とのやり取りを思い出し、「あの言葉があるからずっと続けられたのかもしれない」と振り返った。
母親代わりに、最期まで吉村のことを心配していた祖母に思いをはせた旅の終わりに「まだまだやることいっぱいありますよ。もっと売れたいしもっとテレビ出たい」と、吉村は今後の展望を力強く語った。

【TVer】最新話を無料配信中!
【Hulu】最新~過去話配信中!

