柿澤勇人「素人は俺しかいなかった」倍率100倍以上…劇団四季オーディションを振り返る
俳優の柿澤勇人が4月25日放送の『Google Pixel presents ANOTHER SKY(アナザースカイ)』に出演。自身の原点を振り返り、全くの未経験から芝居の世界に飛び込んだきっかけを語った。
芸能の家系に生まれ、曾祖父と祖父が浄瑠璃の人間国宝(清元志寿太夫、清元榮三郎)という環境で育った柿澤。幼少期を「歌舞伎ばっかり観てましたね」と振り返る。祖父たちから芸能の道をすすめられることもあったというが、関心は全くなかったという。
俳優になるつもりなど微塵もなく、サッカーに青春を捧げていた柿澤に、あるとき転機が訪れた。「高校生の時に芸術鑑賞で観た劇団四季の『ライオンキング』で、『サークル・オブ・ライフ』っていう、皆さんたぶん1回は聴いたことのある曲が、最初一発目に出るんです。初めて聴いた時“えっ!”って。前のめりになっちゃって、“雷に撃たれるってこういうことなのかな”って」と、この衝撃が柿澤を舞台へと導いた。

“芸能の道に進むことに親御さんは反対しなかったか?”と、スタッフが聞くと「めちゃくちゃ反対しましたよ」と返す。しかし、柿澤は「2年間だけちょっと黙って見ててくれ。絶対結果出すから」と、なんとか説得し、アルバイト代をバレエのレッスンや歌の稽古にあてながら、期限つきの挑戦に臨んだ。
2年でダメなら諦める。背水の陣を敷いて迎えた劇団四季のオーディションだったが、周囲は長年トレーニングを積んできた者ばかり。柿澤は「周りは音大卒業、声楽科卒業とかバレエを3歳からやってましたとか。サッカーしかしてこなかった素人は俺しかいなかった」と、当時を思い返して苦笑する。
それでも柿澤には、根拠のない自信で満ちあふれていた。「本当に直感で受かるし、『ライオンキング』できるしって思っちゃってて」と言い、2年で見事合格。倍率100倍以上ともいわれる難関を突破し、“奇跡の入団”を果たした。
それからおよそ20年。劇団四季での経験は、退団した今も大切な学びとして残っている。
芝居の楽しさについて聞かれると、「ミュージカルやってて“あんなに人前で歌って気持ちいいでしょ”ってよく言われるんですけど、1回も思ったことないです」と答える柿澤。劇団四季で出会った、劇団創設者の浅利慶太氏の「楽しんだり、いい思いをするのはお客さんであって、やる側は別に楽しいとか関係ない。“観る天国、やる地獄”って言葉があって、お前ら地獄でいいんだ」という言葉が、今の自分を形づくる基礎であり「“一番楽しませなきゃいけないのはお客さんだろ”っていうのが根本にあるんですよ」と、俳優としての原点を振り返った。

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